赤ちゃんを育てるため、ママの体内でつくられる母乳は、赤ちゃんとママにとって最も自然な栄養法です。
WHO(世界保健機構)は
「生後6ヶ月間は完全な母乳哺育を実施すべきであり、また補完の目的で、2歳ころまでは母乳を継続的に与えるべきである」
としています。
母乳には離乳食を開始する生後5,6ヶ月頃までの発育に必要な栄養素がほぼ含まれています。
母乳の分泌量が十分であれば、赤ちゃんは母乳だけですこやかに成長できるでしょう。
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初乳と成熟乳
初乳
ママが赤ちゃんを出産して数日以内に分泌される黄色みを帯びた粘り気のある乳を初乳といいます。
分泌量は少ないですが、タンパク質、ミネラルを多く含み、各種の免疫成分が含まれています。
タンパク質のほとんどが感染を予防する作用がある分泌型IgAというものです。
ラクトフェリン、リゾチームなどの抗菌物質も多く含むため、新生児はできる限り初乳を飲ませることが重要なのです。
成乳(成熟乳)
出産後10日くらいで乳汁の組成はほぼ一定となってきます。
この乳を成乳(成熟乳)といって、初乳と成乳の間を移行乳といいます。
成乳は淡黄色で芳香があって、ほんのりとした甘味があります。
日数が経過していくと、タンパク質、ミネラルが減少していきますが、これは初乳中に多く含まれていた分泌型グロブリンやラクトフェリンが減少するためです。
1~2ヶ月頃までには乳糖や脂質が増加して、赤ちゃんの成長に必要なエネルギー価の高い成分へと変わっていきます。
母乳栄養の利点
消化吸収が良く、代謝への負担が少ない
母乳の栄養素は、赤ちゃんの未熟な消化能力に適した組成で、赤ちゃんが5ヶ月頃まで成長するのに必要なものを、最も適当な割合で含んでいます。
そのため、体内ではほぼ完全に消化・吸収・利用されます。
分泌量が十分であれば赤ちゃんは健全に発育されていくでしょう。
感染防御因子を含む
母乳には、免疫グロブリン、ラクトフェリン、オリゴ糖、マクロファージ、リゾチームなど、多くの感染を予防する成分を含んでいます。
そのため、赤ちゃんが気管支炎、中耳炎、風邪などの感染症にかかるのを防いでいるのです。
分泌型免疫グロブリンA(分泌型IgA)という成分は、腸管の粘膜を覆って、細菌やウイルスの侵入を防ぐ働きがあります。
特に初乳中に多く含まれていて、新生児の感染防御に大きな役割を果たしています。
オリゴ糖は腸内のビフィズス菌を増やして、腸内細菌叢をビフィズス菌優位として、他の菌類が増殖するのを防いでいます。
またビフィズス菌は母乳中の乳糖を乳酸に分解し、腸内を酸性にするため、大腸菌など病原性細菌類の繁殖を阻止する役割もあるのです。
以上のことから、母乳栄養では乳児の死亡率が低く、次のような割合となっています。
母乳栄養児:混合栄養児:人工栄養児=1:2:3
感染症の発症率も母乳栄養児と人工栄養児の差は大きく、重症度も母乳栄養児の方が低くなっているのが現状です。
ママと赤ちゃんの関係確立に役立つ
授乳による肌の触れ合いは、ママと赤ちゃんの双方に満足感と、情緒的・精神的な安心感を与えてくれます。
この母子相互作用は、専門用語でいうと「感覚的相互作用」といいますが、赤ちゃんの精神発達にいい影響を与えます。
そしてママの育児への自信につながり、安定した母子関係の確立が容易になると考えられています。
産後の母体の回復を早めます
赤ちゃんが母乳を吸うこと(吸啜きゅうてつ)によって分泌されるホルモン「オキシトシン」は子宮の筋肉収縮を促す役目があります。
授乳は産後の母体の回復を早めるだけではなく、統計上、乳がんにかかりにくいという報告もあるのです。
また母乳は、味やにおい、温度も赤ちゃんにとって適切なので、必要な時にすぐに授乳でき経済的という利点もあります。
そしてママの母乳で育った母乳栄養児に「乳幼児突然死症候群」の発症が少ないことから、母乳栄養はその予防の1つにもあげられています。
育児用ミルクを飲んで育った人工栄養児と比べると肥満のリスクが低く、将来の2型糖尿病の発症リスクも低いと考えられています。
その他
乳児にとって母乳は、同種のタンパク質なので、アレルギーを起こす心配がありません。また無菌的に摂取できるので、衛生的で安全でもあります。
母乳栄養の確立
生まれたばかりの新生児への授乳は、赤ちゃんの呼吸が平静になった後に開始され、24時間以内に7回以上授乳します。
赤ちゃんが母乳を吸うこと(吸啜きゅうてつ刺激)により母乳が出やすくなっていくので、繰り返し吸わせることが大切です。
生後2週間頃にはママの母乳の分泌量も増加していき、3時間おきに1日合計6~8回の授乳に落ち着いていき、母乳栄養が確立されます。
授乳は赤ちゃんが欲しがるだけ与える自律授乳がいいとされています。
1ヶ月頃から授乳間隔や回数が一定になってきます。
3ヶ月まではできるだけ母乳を与え、4ヶ月以降も安易に人工栄養(育児用ミルク)に変えず、母乳栄養で育てるようにしましょう。
母乳栄養の問題点
乳汁の分泌量
母乳の場合、赤ちゃんがどれだけ飲んでいるのか、乳汁量がわからないので、母乳不足を生じることがあります。
体重の増加不良、授乳間隔の短縮、哺乳時間の延長、乳児の便秘、乳児の不機嫌などが母乳不足のサインとなります。
体重が順調に増加している場合は、母乳の分泌量が十分ということです。
母親の乳頭
ママの乳頭に小さな傷があったり、何らかの理由で乳腺炎などになったばあい、授乳が困難になる場合がでてきます。
ビタミンD不足
母乳栄養児のビタミンD不足は国際的にも問題点として挙がっています。
ビタミンD欠乏の定義は、血清25-ヒドロキシビタミンD[25(OH)D]の値が50nmol/L(20ng/mL)以下となっています。
諸外国では、母乳栄養児の18~25%が25nmol/L以下との報告がありました。
日本でも母乳栄養児でビタミンD不足によって、低カルシウム血症やくる病の発症の報告があります。
特に出生時にビタミンD不足であった赤ちゃんは、母乳からのビタミンD供給量では改善が困難だと考えられています。
ビタミンK不足
母乳にはビタミンKが少ないことと、母乳栄養児の腸内ではビタミンKの産生が少ないことから、腸管からの吸収が悪く、新生児は総じてビタミンKが不足傾向です。
そのため、まれに欠乏症である突発性の頭蓋内出血(新生児メレナ・ビタミンK欠乏性出血症)を起こす場合があります。
現在は、出生当日、生後7日、1ヶ月にビタミンKが経口投与されるので、ビタミンK欠乏性出血症はかなり減少してきています。
母乳性黄疸(新生児黄疸)
黄疸は、血中のビリルビン量という成分が多くなって、皮膚や眼球の結膜が黄色く見える症状でです。
新生児の多くに生後3~4日頃に黄疸が現れますが、母乳栄養児では生後1週間頃から症状が強くなり、生後3ヶ月頃まで続く場合があります。
一般には、生理的なもので後遺症の心配は少ないとされています。
しかし症状が重い場合は検査が必要です。
原則として、体重の増加が順調であれば、母乳栄養を中止する必要はなく、2~3週間ほどで治るでしょう。
新生児期の早期、特に生後24時間以内の頻回授乳によって、血中のビリルビン濃度は減少していきます。
母乳と薬物、嗜好品
ほとんどの薬物は母乳に移行してしまいます。
通常量では、乳児への影響はほぼないので、安易に母乳をやめる必要はありませんが、注意が必要な薬物もあります。服用にあたっては「授乳中」であることを医師や薬剤師に告げ、指示を受けるようにしましょう。
授乳直後や乳児が長時間眠る前に服用するなど、乳児へ薬物の影響が及ばない方法をとることも必要です。
また母親の喫煙や受動喫煙によって、母乳中にニコチンが移行します。
1日に20本以上の喫煙では、子どもに不眠、嘔吐、下痢などの症状がみられるとの報告もあります。
そしてママがアルコールやカフェインを含む嗜好品を摂取すると短時間で母乳中に移行します。
アルコール摂取量が増えるとプロラクチンの分泌が低下するので、乳量も低下してしまうのです。
授乳期間中はできるだけ嗜好品を控えるのが望ましいといえるでしょう。
母乳とウイルス感染
ママが細菌やウイルスによる感染症にかかった場合、母乳を介して乳児にも感染する可能性が高まります。
化膿性乳腺炎(黄色ブドウ球菌)、結核(結核菌)、成人T細胞白血病(ALTウイルス:HTLV-1)、AIDS(ヒト免疫不全ウイルス:HIV)、サイトメガロウイルス(CMV)は母子感染の頻度が高い感染症です。
授乳の制限は医師の指示を仰ぐようにしましょう。
母乳と環境汚染
少し前までは、農薬や殺虫剤としてDDT、BHC、PCB、ダイオキシンなどが使用されていましたが、毒性が強いため現在は禁止されています。
しかし化学的に分解されにくいため食物連鎖で、高い濃度で食品が汚染されているケースがあるのです。
食品中の汚染物質は母体内に蓄積され、母乳を通して乳児に移行します。
妊娠中、授乳中は、汚染物質が蓄積されやすい内臓部分や脂肪の多い部分を避けるなど、肉や魚介類の摂取には注意が必要です。
以上のように、もし母乳栄養が難しい場合は、育児用ミルクによって行われる人工栄養や、母乳と育児用ミルクを併用する混合栄養も取り入れて、赤ちゃんのすこやかな発育・発達を促してあげましょう。